外交官の家(花と器のハーモニー2019) |
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2019年 06月 10日
ー 建物について ー ニューヨーク総領事やトルコ特命全権大使などを務めた明治政府の外交官内田定槌氏の邸宅として、明治43(1910)年に東京渋谷の南平台に建てられました。 設計者はアメリカ人で立教学校の教師として来日、その後建築家として活躍したJ.M.ガーディナーです。 建物は木造2階建てで塔屋がつき、天然スレート葺きの屋根、下見板張りの外壁で、華やかな装飾が特徴のアメリカン・ヴィクトリアンの影響を色濃く残しています。1階は食堂や大小の客間など重厚な部屋が、2階には寝室や書斎など生活感あふれる部屋が並んでいます。これらの部屋の家具や装飾にはアール・ヌーボー風の意匠とともに、19世紀イギリスで展開された美術工芸の改革運動アーツ・アンド・クラフツのアメリカにおける影響も見られます。 横浜市は、平成9(1997)年に内田定槌氏の孫にあたる宮入氏からこの館の寄贈を受け、山手イタリア山庭園に移築復原し、一般公開しました。そして同年、国の重要文化財に指定されました。室内は家具や調度類が再現され、当時の外交官の暮らしを体験できるようになっています。各展示室には、建物の特徴やガーディナーの作品、外交官の暮らし等についての資料を展示しています。 #
by milkysepia
| 2019-06-10 21:58
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2019年 06月 09日
ー 建物について ー 横浜市認定歴史的建造物 ブラフ18番館は関東大震災後に山手町45番地に建てられたオーストラ リアの貿易商バウデン氏の住宅でした。戦後は天主公教横浜地区(現 カトリック横浜司教区)の所有となり、カトリック山手教会の司祭館 として平成3(1991)年まで使用されていました。同年に横浜市が部 材の寄付を受け、山手イタリア山庭園内に移築復元し、平成5(1993) 年から一般公開しています。震災による倒壊と火災を免れた住宅の一 部が部材として利用されていることが解体時の調査で判明しました。 建物は木造2階建て、1・2階とも中廊下型の平面構成で、白い壁にフランス瓦の屋根、煙突は4つの暖炉を1つにまとめた合理的な造りとなっています。その他、ベイウィンドウ、上げ下げ窓と鎧戸、南側のバルコニーとサンルームなど、洋風住宅の意匠を備えています。外壁は震災の経験を生かし、防災を考慮したモルタル吹き付け仕上げとなっています。 館内は震災復興期(大正末期~昭和初期)の外国人住宅の暮らしを再現し、当時元町で製作されていた横浜家具を修復して展示しています。 #
by milkysepia
| 2019-06-09 23:13
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2019年 06月 08日
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by milkysepia
| 2019-06-08 21:54
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2019年 06月 07日
ー 建物について ー 横浜市認定歴史的建造物 日本の建築界に大きな影響を与え「日本の近代建築の父」と呼ばれたA.レーモンドの設計 横濱の大きな生糸貿易商シーベルヘグナー商会の支配人であったエリスマン氏の私邸として大正15(1926)年に山手127番地に建てられました。 現在の元町公園には平成2(1990)年に移築復元されています 創建当時は木造2階建て、和館付きで建築面積は約81坪。屋根はスレート葺、階上は下見板張り、階下は竪羽目張りの白亜の洋館でした。煙突、ベランダ、屋根窓、上げ下げ窓、鎧戸といった洋風住宅の意匠と、軒の水平線を強調した木造モダニズム的要素を持っています。設計者レーモンドの師匠である世界的建築家F.L.ライトの影響も見られます。 昭和57(1982)年にマンション建築のため解体されましたが、平成2(1990)年、元町公園内の現在地(旧山手居留地81番地)に再現されました。1階には暖炉のある応接室、居間兼食堂、庭を眺めるサンルームなどがあり、簡潔なデザインを再現しています。椅子やテーブルなどの家具は、レーモンドが設計したものです。かつて3つの寝室があった2階は、写真や図面で山手の洋館に関する資料を展示しています。また、昔の厨房部分は、喫茶室として、地下ホールは貸しスペースとして利用されています #
by milkysepia
| 2019-06-07 20:43
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2019年 06月 06日
ー 建物について ー 横浜市認定歴史的建造物 昭和2(1927)年頃に外国人向けの共同住宅(アパートメントハウス)とし て、現在の敷地に建てられました。ここは関東大震災の復興事業の一つで、 横浜を離れた外国人に戻ってもらうために建設された経緯があります。 設計者は、隣接する山手89-6番館(現「えの木てい」)と同じ朝香吉蔵です 建設当時は、4つの同一形式の住戸が、中央部分の玄関ポーチを挟んで対称的に 向かい合い、上下に重なる構成をもっていました。3LDKの間取りは、合理的かつコンパクトにまとめられています。また、洋風住宅の標準的な要素である、上げ下げ窓や鎧戸、煙突なども簡素な仕様で採用され、震災後の洋風住宅の意匠の典型といえます。第2次世界大戦後の米軍による接収などを経て、昭和50年代頃までアパートメントとして使用されていましたが、平成元(1989)年に横浜市が歴史的景観の保全を目的に取得しました。平成9(1997)年から保全改修工事を行い、平成11(1999)年から一般公開しています。 #
by milkysepia
| 2019-06-06 21:42
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